RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

尾花沢市歴史散歩の会

URLは
http://basho-okunohosomichi.net
<< 採荼庵 | main | 第二回江戸東京芭蕉祭 >>
臨済宗臨川寺 仏頂禅師
 

臨済宗臨川寺 (東京都江東区清澄3−4−6)



玄武仏碑: 玄武仏は、宝暦から寛政(1751〜1800)に
かけて活躍した美濃派の俳人、神谷玄武坊のことです。
子石側白山門前(文京区)に住み、俳号を俳仙堂・白山老人などと
号しました。延享(1744〜47)のはじめ、各務支考により京
都双林寺に建立されていた、芭蕉墨直の墨跡を写して臨川寺に建て、
毎年3月に墨直会を催したといわれています。
また、梅花仏(各務支考)の碑も建てたといわれています。



 臨川寺は、承応2(1653)年、鹿島根本寺(茨城県)の冷山和尚が
庵を結んだことに始まり、その弟子の仏頂禅師が幕府に願い出て、正
徳3(1713)年「瑞甕山 臨川寺」という山号寺号が許されました。
延宝8(1680)年、深川に移り住んだ松尾芭蕉は仏頂禅師と親交が
厚く、度々参禅に通ったと伝えられています。以来、芭蕉ゆかりの寺
として「玄武仏碑」をはじめ「梅花仏碑」「墨直しの碑」「芭蕉由緒の碑」
などの石碑が残されています。 
| 現地研修 | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









http://blog.basho-okunohosomichi.net/trackback/40